天上天下唯我独尊 どうでもよいいのちはない
私たちは、様々な出来事に出会って毎日を送っています。その中で時折思います、「私は何のために生まれたのか、何のために生きているのか」と。言葉をかえますと、「私は尊いものとして誕生し、尊いいのちを生きている」という実感が持てているのかという疑問です。「唯我独尊」とは私たちに何を教えているのでしょうか。
親鸞聖人が大切にされた「大無量寿経」には「吾当に世において無上尊となるべし」と表現されています。仏陀は誕生して7歩あゆみ、「私は人生において、この上なく尊いものとならなければならない」と言われたと示されています。私たちは日々の生活の中で「命の尊さ」という言葉を時々耳にします。しかし、その「尊さ」の判断基準は、案外曖昧なものになっていないでしょうか。そして、自分と周りの人々を比べて、地位や名誉そして財力などがあることを「尊さ」と、思い込んでいないでしょうか。私たち1人ひとりは、他の誰とも代わることのできない、唯1人の者として誕生しました。これは、他の誰とも比べる必要がない私であるということです。ところが、私たちは人間関係の中で常に自分と他人を比較しながら生きています。仏陀はそのような生き方を「地獄・餓鬼・畜生」という迷いのあり方として明らかにされました。すなわち、迷いの生き方では自分の尊さも周りの人の尊さも見失ってしまうのではないかということです。
私たちが仏陀の生涯から学ばなければならないのは、「唯我独り尊し」という私が明らかになる道です。またその問いかけを通して、私たちは、何ものとも比べる必要のない自分に目覚めていかなければならないのです。
参考文献 ブッダと親鸞 教えに生きる 東本願寺出版

